「パートナーシップによる環境教育・環境学習に関するモデル事業」
としての鉢ヶ峯の自然を守る会の活動[その1]

野口隆司

  2002年度の当初、環境省は、「パートナーシップによる環境教育・環境学習」に関するモデル事業を、(財)公害地域再生センター(通称あおぞら財団)に委託して実施しようとしていましたが、具体的な事例を探す中で、関西のモデル事業の選定に関わっている日本環境教育学会関西支部が、本会を推薦したいということで、申し出がありました。本会は、地域に根ざした環境保全団体の中でも、特に、多面的でユニークな取り組みを続けている事が注目されたようです。
これまでの本会の活動は、特に「パートナーシップによる環境教育・環境学習」に主要な軸足を置いてきたものではありませんが、特段、通常年度と変わらない活動を続ける事で良いことから、同支部の推薦を受けることにし、我々の年間の活動を「パートナーシップによる環境教育・環境学習」モデル事業として再整理してみる事を、我々自身の2002年度の取り組みにすることとしました。
  上記の観点から、私達の活動の意味づけを、以下のように整理しました。
NPO間のパートナーシップによる各種観察会
行政と市民のパートナーシップによる堺市職員の里山管理研修
行政・学校・市民のパートナーシップによる天濃池ビオトープづくり
市民・大学・企業とのパートナーシップ−別所カスミサンショウウオ・プロジェクト

そして、この度、文書にまとめ、あおぞら財団に、私達の活動報告として提出しましたので、二回に分けて、機関紙に掲載いたします。なお、15年度の環境省の冊子に、本会の取り組みが紹介される予定です。

以下、あおぞら財団への報告文

パートナーシップによる里山の保全と環境教育の実践取り組みの経緯

1.フィールドの概要
オオタカ尾根から見た金剛山堺市南部丘陵地は、大阪市に隣接する堺市の中心部より14qほど南にある。約1560haの面積の大部分は民有地である。土地の利用形態からみると農耕地の他、ゴルフ場3ヶ所、堺市営公園墓地、体験型農業公園(ハーベストの丘)、仮称自然ふれあいの森、残土処分地等に利活用されている。地形的には和泉山脈を後背地に雑木林、棚田、ため池、小川などが豊かな生態系を育んでいる。本会が主にフィールドとしている鉢ヶ峯は南部丘陵地の中でもまとまった樹林地が残され、典型的な里山を形成している百数十haに及ぶエリアである。この里山に生息する動植物はオオタカをはじめとする猛禽類を頂点にカスミサンショウウオ、メダカ、ゲンジボタルなど約1800種を記録している。なかでもトンボは71種が記録され関西でも有数の生息地と言われている。
2.会の目的と主な活動の概略
 (1) 会の目的
本会の活動目的は次の内容である。
堺市鉢ヶ峯地区の豊かな自然環境を保全し、自然を生かした地域づくりを実現するための活動を行うこと。
 (2) ゴルフ場開発計画と里山の保全活動
1991年、堺市鉢ヶ峯地区にゴルフ場開発計画が明らかになり、これまで里山に関わっていた自然保護団体や生協など多くの市民や団体が、「堺にこれ以上ゴルフ場はいらない」、「多様な生き物が生息する里山を保全しよう」と立ち上がり「鉢ヶ峯の自然環境とゴルフ場問題を考える会」を発足させた。4万人を超える反対署名活動やシンポジウム、現地での自然観察会を開催し、ゴルフ場ではなく自然を生かした「里山公園」構想を提案するなどの取組みを展開した。結果として堺市はゴルフ場開発計画を認めないという決定を行った。
 (3) 里山公園構想とは
本会が提案した里山公園構想とは、(1)里山の多様な生態系を保全・再生する、(2)かつての里山と人の関わりを取り戻し、環境教育、環境学習、レクレーションの場とする、(3)地権者の協力のもと、公園用地の借り受けや公有地化を図る、(4)地元振興を図りながらボランティアなど市民参加の仕組みを取り入れた公園運営や維持管理を行うことを基本方針に里山保全を中心として「保全ゾーン」、「里山ゾーン」、「市民農園ゾーン」の3つのゾーンを設定している。
 (4) 鉢ヶ峯のポストゴルフ場開発
堺市は南部丘陵のあり方を検討するため「堺市南部丘陵検討委員会」を発足し、南部丘陵の動植物等の基礎調査とゾーニング計画を作成した。前後して市民アンケートを実施し、70%の市民がゴルフ場ではなく自然を生かした公園を要望していることが明らかになった。
堺市は基礎調査やゾーニング計画をもとに、ゴルフ場開発の代替計画として「ゆとりとふれあいの場構想」を策定し、先導事業として民間活力を導入した「緑のミュージアム(農業公園ハーベストの丘)」や東西道路計画を発表した。本会はハーベストの丘建設に当たってカスミザクラの群生樹林の保全を求めたが、現在、来場者の大型駐車場になっている。さらに東西道路計画に対して自然環境を保全するため道路建設の必要性やルートの変更などの問題提起をし、現在、行政との協議を重ねている。又、鉢ヶ峯に隣接する別所地区では既存ゴルフ場の増設開発が起こり、動植物の保護等を求めて行政に情報公開請求や署名活動等を進めたが開発は許可されたため、大阪府公害調停審査会に調停申請した。調停を重ねるなかで開発者側は増設地の自然環境を保全する姿勢を示され、大幅なゴルフコースの変更によりカスミサンショウウオの生息地とアカシデ林は保全されることになった。
 (5) 墓地拡張計画から(仮称)自然ふれあいの森へ
本会は1993年から鉢ヶ峯で堺市が計画している墓地の拡張に対して「身近な緑の保全か、墓地造成か」、墓地需要など百年先を視野に入れた検討を求めていた。墓地用地として約17.5haの樹林地を取得していた堺市は、その後、墓地計画の暫定利用として自然学習、レクレーションの場とする「(仮称)自然ふれあいの森」づくりを発表した。本会として施設中心の利用ではなく自然環境を損なわず時間をかけた森づくり(保全と再生)を進めるよう提案している。現在、堺市は公募市民で構成された管理運営準備委員会を発足し、本会メンバーもその一員に加わり、森づくりの方向や管理運営のあり方についての検討が行われている。堺市が墓地造成から森づくりへシフトした背景には身近な自然環境を子ども達に残すという市民ニーズや本会が提案した里山公園構想が参考になったと思われる。
3.パートナーシップの評価と課題
本会の里山保全活動の特徴は、他団体と連携して里山の調査や観察を継続して行ってきたこと、又、現地の動植物の状況を把握したうえで行政等に提案してきたことであると言える。さらに活動の当初から研究者との交流を行いアドバイス等を受けながら進めてきたことも特徴の1つである。
本会の活動においてこれまで開発問題等を巡って行政や企業と対立せざるを得ない構図もあったが対立からは良い結果は生まれにくい。自然環境の保全に向けて粘り強く話合い、相互に理解しようと努力する過程で信頼関係が芽生え、パートナーシップが育まれることを学んだ。今後は行政、企業、大学、市民団体など、各主体の役割を認識したうえで、さらなるパートナーシップを目指していきたい。
因みに本モデル事業における取組みを環境教育、環境学習の面から見れば時間を経なければ成果として現れないものもある。この間、特に環境教育等の視点を意識して取組んできた訳ではないが、本モデル事業を行うに当たって、里山の保全や再生の活動、自然に親しみ、遊び、体験するイベントや観察会は、大人は言うまでもなく、とりわけ自然に触れあう機会の少なくなった子ども達にとって五感で体験する環境教育、環境学習の実践の場であることに他ならないと再認識した。本モデル事業は様々な主体と連携して行ってきたが、以下、具体の取組みについてパートナーシップのタイプ別に報告したい。

NP0間のパートナーシップ−環境教育としての各種観察会
1.はじめに
環境教育の重要性が問われるようになったのと、里山の衰退が問題視されるようになったのは、ほぼ同時期ではなかっただろうか。少なくとも1960年代までは、里山は良質な子どもの遊び場であり、それは期せずして環境教育の場であった。文化庁長官の河合隼雄さんとお兄さんの河合雅雄さんや写真家の今森光彦さんの体験や話を聞くまでもなく、子どもたちは森や田んぼで自然との付き合い方を学び、感受性や創造性を育み、「生きる力」を貯えていった。身近な自然が子どもを教育してくれていたものと思われる。ところが現在の子どもたちはTVゲームやテーマパークで遊び暮らし、自然が距離的にも心理的にも遠のいてしまい、草花や昆虫とふれあう機会が極端に少なくなってしまった。そこで学校現場とは別に、環境教育を担うべく自然保護関連のNPO同士が協力し合い、子どもの自然離れに歯止めをかけねばというのが、差し迫った課題となっている。
そうした状況の中で、本会では子どもを中心にしたファミリータイプの環境教育の視点も踏まえて観察会を主体としたイベントを開催している。本会独自の催しでは、「ホタルの観察会:100人×2回」や「野草のテンプラハイキング」、「夏の昆虫観察会」、「ザリガニ釣り大会」、「クリーンハイキング」などがあり、多くの参加者やリピーターに楽しまれている。
他のNPO団体・(社)大阪自然環境保全協会やエスコープ大阪(旧泉北生協)、関西トンボ談話会とパートナーシップで行われている観察会・イベントも多彩である。本会の前身組織「鉢ヶ峯の自然環境とゴルフ場問題を考える会」の立ち上げに関わった団体ということにもよる。
2.エスコープ大阪と共催の「こども自然探検」
 (1) 取り組みの経過 
「子ども自然探検」は本会の秋冬定番の行事であったが、2001年からはエスコープ大阪と共催で行うことになり、通称・中央尾根を南北に流れる明光川で水生生物を中心にした観察会を行っている。この川は源流がゴルフ場であることから生協のスタッフが水質調査を行うなど、観察・探検に水環境の視点も加味して取り組んでいる。
 (2) 観察会
源流部を探検2002年は11月9日に開催。集合時にあいにく小雨がばらつき、一旦中止にしたが、熱心な参加者があり10人で出かける。明光川に下ると大阪層群特有の礫や粘土が重なってそそり立つ崖が続き、大型のシダも茂っていて景観もユニークだ。水量がくるぶしほどだが、道なき道なので時には川の中をじゃぶじゃぶと歩く。くねくねした"川の道"を倒木がはばみ、跨いだりくぐったりと自然心をくすぐる。河原で石をおこすとサワガニが出てきた。川遊びの達人(お年寄り)の指南通りである。淀みに網を入れるとカワムツやカワヨシノボリが入る。トンボのヤゴも何種か見つかり、子どもたちは興味しんしん。天気の関係で予定の観察は十分できなかったが、早目に昼食をとり解散となった。
 (3) 取り組みの成果
パソコンゲームでのバーチャルな世界は別として、子どもたちの遊びや生活から「探検」や「冒険」が死語になりつつある。「堺にこんなところが残っているなんて!」との感想が寄せられたが、ここ600万年前の地層や植物遺体が眠っている"堺の秘境"。遊ぶにも学ぶにも多面的にふれあえる貴重なフィールドである。高学年〜中高生には地学の学習もできる。その一方で、気になるのは水質などの環境。他団体の専門分野を生かして協働しながら、今後の環境保全を考えていきたい。
3.関西トンボ談話会との共催の「トンボ釣り大会」
 (1) 取り組みの経過
鉢ヶ峯の里山でこれまでに記録されたトンボの種類は71種。田んぼやため池、小川、樹林地と様々な自然の形態があり、その多様さがトンボの生態を多様にしている。近年、全国各地でトンボのビオトープづくりが盛んだが、鉢ヶ峯は天然のビオトープである。熱心なトンボ研究家により長年、調査が続けられ、関西一円でも注目されるフィールドになっている。
「トンボ釣り大会」は関西トンボ談話会との共催でもう10回程開催している(台風で中止の年もある)。談話会のメンバーで"トンボ釣りの名人"である松田勲さんの熱意による所もあり、下準備から指導まで面倒をみていただき、近畿一円から挑戦者がやってくる。年によっては東京の名人も来阪され、東西対決の見せ場もある。
 (2) トンボ釣りとは
夏の夕暮れに山から下りてくるヤンマを「ぶり」という道具を使って捕まえる江戸時代から続いている伝承遊びである。道具を作る−ヤンマの習性を熟知する−ぶりの技術をマスターするなど、昔の子どもの遊びは半端ではなく、故・藤本浩之輔先生(京都大学)も子どもの遊びとして高く評価されていた。地方により、ぶりの素材や名前は異なるが、ぶりで遊んだという年配の方も結構いる。
 (3) トンボ釣り大会の模様(7月6日)
トンボが釣れた2002年は天気が今ひとつであったが、昆虫少年たちが続々と集まり、スタッフも含めると80人を超える人数になった。まず、広場でぶりの作り方、使い方を松田さんに教わり、第二豊田川沿いの現地へ急ぐ。10年前は川沿いに田んぼがあり、山から下りてくるヤンマも数多くいたが、廃田になり環境が変わってヤンマも減ってしまった。なかなかヤンマが下りてこない。その間、網で捕まえたヤブヤンマやネアカヨシヤンマなどを観察する。「触りた〜い」と子どもたちの手・手・手。指先で力いっぱい?をふるわせるヤンマのエネルギーを感じる。「生きているって、こういうことなんだ!」、言葉にならない感動が走る。辺りが薄暗くなる頃、松田さんが名人の名にかけてヤブヤンマを捕らえ、歓声があがる。ぶりで捕まえたヤンマは無傷。みんなで観察した後、山に放してやる。
 (4) 取り組みの成果−パートナーシップに期待するもの
「里山」という言葉が認知されて久しいが、「里山文化」を伝承・復元するところにまでは至っていない。「トンボ」は「田んぼ」が訛って付いた名とも聞くが稲作生態系の主役であり、子どもたちの格好の遊び相手でもある。「トンボ釣り」は立派な里山文化。これを伝えていきたいと思っている人がいて、トンボを宝だと思う子どもがいて、その繋がり=パートナーシップを生かして、こうした文化が継承されることを願っている。
4.(社)大阪自然環境保全協会との共催の「里山一斉調査」
 (1) 取り組みの経過
「里山一斉調査」は、1976年発足の自然保護NPO・社団法人大阪自然環境保全協会(以下、保全協会)が1983年から行っている。「里山動物調査」の"改訂版"で、広く一般市民向けの里山保全啓発プログラムである。大阪府下で10〜14コース(県外の特別コースを含む)を設定。4月の第2日曜日、春の里山をハイキングしながら田んぼの草花や樹木の花、野鳥や昆虫、哺乳動物や絶滅が危惧されているメダカやカスミサンショウウオなどの生き物を調査し、自然度や開発などによる変化をチェックしている。調査(報告書作成)の名があるが、どちらかと言えばファミリータイプの観察会で、毎回、全コースの参加総数は300人ぐらいである。
本会ではゴルフ場開発に関わり始めた1990年から堺・鉢ヶ峯コースを設定し、保全協会と共催で「里山一斉調査」を行っている。植物観察会のメンバーや昆虫研究家、野鳥の会会員、昔ながらの自然クラフトの達人など、里山歩きのベテランがスタッフとなり、幼児からお年寄りまで30〜50人と調査・観察を続けている。