失われていく半自然草原

天濃池ビオトープの会」の発足当初よりビオトープづくりや調査活動について指導やアドバイスをいただいている麻生さんから、天濃池の堤の土手の植生環境など草原ビオトープの大切さなどについて投稿していただきました。

失われていく半自然草原

麻生 泉

 堺市南部丘陵の天濃池は農業用ため池のビオトープとして整備されており、特にため池の堤の土手に成立する草原のビオトープは、在来種のススキ、チガヤ、トダシバなどイネ科植物を中心として構成される草原となっています。そこにはイネ科植物に混じってワレモコウ、ツリガネニンジン、リンドウ、ミツバツチグリ、ノアザミ、スミレ類、ツルボといった可憐な草原生の草花が生育しています。また、この草原には大阪府版レッドデータブック(2000)に記載のある植物種が、現在6種、堺市版レッドリスト(2008)に記載のある種が21種も確認されています。さらに、ノウサギの糞やカヤネズミの巣も見つかっていて、草原を小動物も利用していることがわかっています。
 このようなススキ、チガヤ、トダシバなど在来イネ科植物から構成される草原は、採草や火入れなどの管理によって維持されてきました。現在、河内長野市の岩湧山山頂にかろうじて残存する「カヤ刈り場」と称するススキ草原も半自然草原です。
 日本では、森林が発達するために十分な降水量があるため高山や活火山周辺、海岸など特殊な立地を除いて潜在的には森林が発達します。そのため、関西では自然草原はヨシ群落などとして水辺や湿地などの特殊な立地条件のみ成立し、里地・里山に見られる草原は人間の影響のもとに成立している半自然草原(二次草原)です。このような半自然草原と呼ばれる草原は、在来種のススキやチガヤ、シバなどイネ科植物を中心として構成され、万葉集の昔から、それよりずっと古い、農耕が始まって以来、成立して、採草、牧畜、屋根葺きなどに利用され、恐らく千年や数千年という時間経過の中で維持されてきたと考えられます。
 堺市南部丘陵などの里地・里山では、主に農作業のスケジュールにしたがって毎年定期的に草刈りが行われていました。伝統的管理と呼ばれる草原の管理方法です。刈り取られた草はその場に放置されることなく搬出され、肥料や家畜の飼料などに利用される大切な資源でした。そのため立地環境は痩せ気味の状態となり、樹木は無論、大型の草本も生育が困難となり、陽地生の中〜小型の植物に適した立地環境となっています。採草の主な目的は、現在のような化学肥料の無かった時代には、緑肥といって生の刈った草や樹木の若い葉や枝を田畑に鋤込んでいたとされます。満足な緑肥を得るためには田んぼの面積の1〜1.5倍の草原が必要であったといわれています。さらに、このような草原は、ため池堰堤や棚田の畦畔の土手の斜面の浸食や崩壊防止にも役立ってきました。
 このような半自然草原は、秋の七草に数えられるオミナエシ、キキョウ、カワラナデシコ、ハギ類などや、リンドウ、オキナグサ、ツリガネニンジン、ワレモコウなどの優美な野の花の生育地でもあります。また、四季の変化に応じて、草原景観の色彩が変化することも大きな魅力となっています。
 草原植物群落は、関西では年1回の刈り取りでススキ草原、年2〜3回の刈り取りで、トダシバ・チガヤ草原、年4〜5回の刈り取りでシバ草原が発達するといわれています。群落を構成する草原生の植物は日照条件が良い場所を好むため、早春に地上部が活動を始める頃の日当たりを良くするために刈り取りや火入れなどを行っておくと、よく成長し、開花するようになります。大面積の草原を維持し良質なススキを得るためにも火入れは欠かせないようで、奈良の若草山や阿蘇の草原の山焼きは草原維持のために行われています。
 しかし、今では、半自然草原による緑肥や茅葺きの需要がほとんどなくなり、飼料としての利用もされなくなって、かつての草原は、放置されてネザサやクズが茂る藪になったり低木林になったり、植林をされたりして、また、大規模なほ場基盤整備などによって失われました。現在、私たちが身近な所で草原として思い浮かべるのは、公園やゴルフ場の芝生地などの植栽された人工草地や、土地が造成された場所などに見られる草原、大半が外来牧草種やセイタカアワダチソウ、オオアレチノギクなど外来種が目立つ、「除草」管理が必要と位置づけられる厄介な草本植物群落です。かつて農耕地の周辺に大面積で存続していた、多様な草原生の動植物が生息し、可憐な野の花が咲くススキ、チガヤなどからなる半自然草原は、農地の畦畔やため池の堰堤にかろうじて残存していても、存在すら忘れ去られているのではないかと思います。人工草地や先駆的な草本植物群落と半自然草原との明らかな違いは、群落を構成する植物種の多様性です。1uの調査区内の出現種数は、前者が数種からせいぜい10種位までに対して、後者は通常20〜50種にも及んでいます。半自然草原の多様性は、長い年月の間、伝統的な方法で機械を使わず人力で維持されてきた結果といえます。現在、半自然草原そのものが消滅しようとしているため、草原生の種の多くは絶滅危惧種となっています。ところが、草原面積の減少や草原生植物の多くが絶滅に瀕していることは、まだあまり問題としてとりあげられていません。里山の薪炭林起原のクヌギ・コナラ林の保全活動は各地で行われていますが、里草地と呼ばれるワレモコウ、ツリガネニンジン、リンドウなどが生育する採草地起原のススキ・チガヤなどの半自然草原の保全活動はほとんど耳にしません。CO2排出の問題でも樹林面積は話題になりますが、草原面積という言葉は出てきません。緑化を行う時も全て森づくりが目標となっています。半自然草原は重要なので増やしていきたいと考える人は、ほとんどいない状態です。
 天濃池ビオトープにおいて半自然草原は、冬季と夏もしくは初秋の年1〜2回の刈り取りを行い刈り取った草を搬出することで維持されています。昭和30年代に築造された天濃池堤の土手に多くの絶滅危惧種が生育するのは、当時は、放牧地などの半自然のシバ草原のシバが緑化用の張り芝として利用された時代であったため、張りシバの中に、草原生の植物の種子や苗が混じっていた可能性が考えられます。同時に、ため池周辺にも半自然草原が存在し、近隣地域からの草原生の種の供給があったものと考えられます。天濃池ではため池の管理によって定期的な草刈りが現在まで継続されてきたため絶滅危惧種が残っていたと考えられます。今や種そのものが国内から絶滅する恐れがあるため、天濃池ビオトープで大切に守っていきたいものです。
 天濃池では今後も定期的な草刈と刈り取った草の搬出を継続し、健全な半自然草原を維持して在来の数少ない可憐な花を咲かせる草原性植物と動物たちのすみかを保全していきたいと考えています。天濃池の緑化の目標は、「草原」です。里山管理ならぬ里草原管理をこの場所からひろめていきましょう。 

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